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2008年10月13日 (月)

インド旅日記 (12)  異国で聴いたあの曲

2000年 9月28日

  ~~~夜のバザール~~~

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(マミーブルー記)
建物に入ると、1階は象嵌(ぞうがん)工場になっている。象嵌というものの性質上、手工業の世界である。大理石を彫る作業、彫ったところに嵌め込む宝石を削る作業、どちらもまだ少年のような職人が働いている。石を彫るのには力が要るから、指には大きな胼胝(たこ)ができている。削る作業も、指先に石を付けて、回転する砥石に押し当てるから、こちらも胼胝ができている。どちらの少年も、指先を誇らしげに見せてくれた。輝く目が印象に残った。 P9280625

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(夕日記)
ガイド氏が「是非、象嵌工場を見て頂きたい!」と、とある建物に我々を案内する。しかし、ここは工場と言うよりも、実演販売をしている場所と言った方がよさそう。

10代の少年たちは、毎日必死で働いて僅かの賃金を貰う。一方雇い主は、彼らが精魂込めて作り上げた象眼細工の品物を、観光客に非常な高値で売って(現地人にとっては破格の高値。インドとヨーロッパなどの先進国とでは、貨幣価値が違うので、多くの観光客にとっては「少し高いな!」くらいの感覚だろうが)巨大な富を築く!P9280626

少年たちの澄んだ瞳と、それと余りに対照的な変形して傷んだ指先。 私は、その指先を見つめていて・・・ひどく悲しくなってしまった。だから私は少しの間、彼らの仕事ぶりを一心に見つめてあげて・・・大いに褒めそやした。P9280628

この象嵌という仕事は、じつに繊細な根気の要る仕事である。白い大理石に模様を彫って、そこにさまざまな色あいの小さな宝石を、まるで色を塗る様に、図柄に沿って、丁寧に嵌P9280629め込んでいくのだ。小箱から大きなテーブルまで、さまざまなものを作り上げている。


(マミー)
2階の売店には、見事な象嵌細工の製品が並んでいる。大理石に宝石を嵌め込むのだから、当然安いものではない。本物と贋物の見分け方など、一通り説明を聞くだけにした。
宝籤(たからくじ)でも当ればまた来るということに決めて、別の部屋も冷やかして歩く。

木彫で気に入ったものがあるが、あまり値引きをしないので交渉不成立。目の保養をして表へ出ると、もうすっかり夜になっていた。


(夕日)
この売店は、お金持ちの観光客向きである。手頃の値段で、木彫りに白い水牛の角らしきものを象嵌した小さなテーブルがあったが、手荷物として持つには少し重い!それにお店で見ると小さく見えても、狭い我が家のお部屋に置いてみると、けっこう大きくて邪魔になりそうである。
しばし悩んだ末・・・値引き率もとても小さいし、止めたのだった!
後日デリーで、楽器(シタール)を買いたいと思っていた。そこで手荷物も今はまだ減らしておきたかったこともあったので。

結局、一番小さな象嵌細工の大理石の箱(4×5㎝)を1つ、それもさんざん値切って買った。とても小さな宝石が嵌め込まれていて、花の模様になっている。これは、タージ・マハルの想い出として、飾っておこう!P9280631

こんなお店は観光ルートに乗っているので、黙っていても大勢の観光客が次々とやってくるのだろう。だから、余り値引きをしない。高値でも必ず売れる!という自信があるようだ。
ただしこの時はシーズンオフとあって、店主自らもみ手をしながら、あれこれ丁寧に説明して下さる!が、見るだけに終わった。
たぶん「ケチな客だった!」と、我々の帰った後で店主以下ぼやいていたことであろう!その時店の客は、私たちだけだった。

お店をそそくさと出て、再び白い乗用車に乗った。P9280620


(マミー)
少し走ってから、車は街の一角に停まった。
「バジャール(バザール)へ行きましょう」と、ガイドに誘われたのである。この男は少し訛っている。

車のドアを開けると、轟音が鼓膜を叩く。少し遅れて、濃密な排気ガスが目と鼻を襲う。大型のガソリン発電機が、道路沿いに何台も並んでいるのである。P9280640

インドでは生活水準の向上にインフラが追い付かず、恒常的に停電があるらしい。見渡す限り発電機が並んでいるところを見ると「停電」と言うより、給電時間帯が限られているのだろう。音と排気から逃げようと思うのだが、どこまで歩いても必ず発電機が置いてある。ついには諦めてしまった。


(夕日)
車を降りたとたんに、凄まじい騒音に襲われた!
ゴンゴン!ガンガン!ガーガー  ブブーン  ブーン ガンガン!

何と表現したら良いであろう?ともかく、度肝を抜かれた!そして、機械油とガソリンと排気ガスと、いろんなものが入り混じったひどい悪臭。そして、埃っぽい空気。
あわてて、バックからマスクを取り出す!

メイン道路の歩道部分に沿って、ズラッと、見慣れないものが置いてある。エアコンの室外機の外側のケースをはずして剥き出しにされた、モーターと羽の部分を思い浮かべて・・・それを5~10倍くらいに大きくしたものを想像していただくと、わかりやすいかもしれない。

どうやらお店一件につき、一台のわりで置かれているようだ。それらが一斉にわめき立てているのである。店の大きさに合わせて、発電器のサイズも大小さまざまなのだ。
小さなお店では、小さな自家発電機を動かして、天井に裸電球1~2個をつけている。あらためて、電球1個の明るさのありがたさを感じた。P9280636

電気が初めて日本家庭にやってきた頃は、たぶんこんな風だったのだろうか?タイムマシンに乗って「ランプ生活から、電灯生活へと変わり始めた日本の少し昔」を、覗いた気分でもあった!

両側に店などのない道路では、街灯などもなく真っ暗闇である。ガイド氏なしには、怖くて歩けやしないだろう。


(マミー)
ガイドが先導し、我々2人がそれに続く。運転手さんは最後尾でガードしてくれる。

店先の鉄板の上で焼いているのは、パンのようなものだろうか。玩具店の前には、青いサリーをまとった目の大きな女性が立っている。手を引かれている男の子も、母親に似て目が大きく、なかなかの美貌である。P9280634その隣では、家族そろって立ち食いの最中。

道路の反対側では、スクーターを止めてサドルに横座りした髭の男性。足置きの上にちょこんと立った女の子。その後ろに立っているのは奥さんだろうか。P9280635

そういう幸せそうな家族ばかりではない。さっきから我々に少年が付きまとい、レースの編物を差し出している。1枚買ってもいいかなと思ったのだが、ガイドが追い払ってしまった。

(夕日)
暗闇の中では、電球で照らされたお店が、一段と引き立って見える!この界隈は、いわゆる庶民のためのお店ばかりである。どの店の品物も庶民の必需品ばかりである。
食べ物屋にしても、お澄ましの高級ホテルでは決してお目にかかることのできない、素朴なものばかりである。

じつは私は、いわゆる観光地を歩く以上に、こんな庶民の味わいを感じることが好きだ。こんな道を歩いていると・・・少しだけ、現地の人々に近づけた気がするのだ。P9280633

さてスクーターの親子は、3人乗りでどこかへ出かけるのか?それとも買い物や食事をすませて帰宅するのか?スクーターやオートバイは、ちょうど日本人の乗用車に当たるのだ。

家族全員にとっての、大切な自家用車なのである!3人乗りばかりでなく、子供2人と両親の4人乗りさえ、見かけた。

「デリーでは、さすが2人乗りしか認められていません!」との、ガイド氏のお話であっが・・・じつはデリーでも、たくさんの3人乗りを見かけた!

私たちの後を、じっとつきまとっていた男の子は、たぶん6~7歳くらいだったろうか?母親が一生懸命に編み上げたであろう白いレースの花瓶敷きを、たくさん手に持っている。この子は、学校などへは行っているのだろうか?今日は朝から、こうして売り歩いているのだろうか?真っ暗の道をしばらくついてきていたが、ふと気づいたら、姿が消えていた。


(マミー)
彫刻を売っている店があるが、外国人だけでこういうところに入ると、いつのまにかインド人に囲まれてしまうのだとか。その後どうなるかは、ヒンドゥーの神様に聞かねばわからない。

この辺は、下町の商店街と言う雰囲気で、特殊な空間ではないのだが、店舗だけが明々と照らし出され、店のないところは闇が続いているから、ちょっと異様な感じがする。P9280638
衣料、煙草、靴、薬品と、日本と少しも変わるところはない。排気ガスと轟音で少し気分が悪くなり、このあたりで切り上げて帰ることにした。


(夕日)
この真っ暗闇に電球の明かりが点在し、発電機が一斉に唸りたてる騒音の中で、このバザールの空間を歩いている外国人は、私たちだけ・・・。とても複雑な気持ちがしてきた。それは、単に物珍しいとか、興味津々だとかいったものではない・・・なにか哀しいような切ない思いも混じっていたのだ。P9280639

停電そのものは、一流ホテルであろうとも関係なく、何度も突然の停電があった。電化による電気需要量と、発電の電気供給量とがまるで釣り合っていないのだ。これは他のアジアの国でも、経験済みである。そんな時には、ろうそくの威力を再認識する!P9280637

外国人観光客が利用する一流ホテルでは、強力な冷房設備を持っていて、それを毎日フル回転しているから、電力消費量もすごい!


一方、現地に住む多くの一般庶民は、クーラーはおろか洗濯機も冷蔵庫も持っていないのだ。こんなに停電が多くては、仮に電化製品が手に入っても、あまり役に立たないかもしれない。


(マミー)
ホテルのレストランは、窓に美しい透かし彫りを使っている。昼と夜では光線が逆になり、模様の印象もずいぶん変化するのが面白い。P9280518 一緒のテーブルになったのは、ドイツ人の一行である。「これ、とってもおいしいわよ」などと話しているので、かすかに覚えているドイツ語で「このマトンマサラも、なかなかのものですぞ」と助言させていただいた。


(夕日)
一流ホテルのレストランの、あふれんばかりのご馳走の山。

幸せそうな笑顔や楽しげな笑い声の満ちた、私たち外国人観光客・・・。かたや日々の食料にも事欠く現地の貧しい人々・・・。インド旅行中ずっと,こんな矛盾に戸惑っていた!


(マミー)
さて、豪華なロビーの一角にピアノが置いてあり、演奏の最中である。P9280532 金持ちのような顔をして上等のソファに座り、少し音楽を楽しもうと思った。弾いていたのは「ある愛の歌」である。しかしこれが、音は間違える、リズムは悪い、表情はない。とても一流ホテルで演奏するほどの腕ではない。

呆れているうちに曲が変わった。少し聴いただけで、この場を去ることにした。演奏が下手なのはもちろんだし、曲が「証城寺のたぬきばやし」とあっては我慢も限界だった。
(この曲、アメリカで多少ヒットしたことがあるから、そのあたりからインドに入ったの
だと思う)


(夕日)
この演奏には、本当にビックリした。
この程度の演奏だったら、私にだってできそう?
音楽性に乏しい子供が、親に強制されて、仕方なくピアノを弾いている風でもある。いくら何でも、これはちょっとひどい! これだったら、自動演奏の方が、はるかにましである。一流ホテルで、こんな演奏を聴かせるなんて、いったいどうなっているのだろうか?
音というのは、聴きたくなくても聴こえてくるから、始末が悪い!

さて明日は、いよいよタージ・マハルである!

 (⑬へ続く)

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2008年10月 8日 (水)

インド旅日記 (11) 朱色の塔

2000年9月28日

  ~~~アーグラー城~~~

(マミー)

リクシャの大群をかき分けるようにしてホテルに着いた。 残念ながら、タージ マハルは部屋からは見えない。裏庭は美しい芝生とプールである。P9280543 どこかタージの見える場所があるはず、と廊下をうろうろしていると、ボーイが反対側の部屋へ入れてくれた。タージまでは1キロくらいあり、建物や電線に邪魔されて、あまり美しい風景ではなかった。せっかく案内してくれたのだから、1枚だけお義理で撮影したが、これは後で消してしまった。P9280516_2

(夕日)
夜行列車の旅を終えた私たちを、アーグラーの駅前で迎えてくれた白い乗用車は、ホテルをめざして一路走り始めた。しかし、その車の走る道沿いには、相変わらずオンボロの掘ったて小屋や、テント(ボロ布?)小屋がたくさん見える。そして、果物や油菓子などを売る、小さな屋台も数多く建ち並ぶ。Dvc00008Dvc00015




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やがて車はホテルに到着。なかなか立派なホテルである。お部屋の大きな窓には、強烈な太陽光線よけの(まるでサングラス風)の色つき透明シートが貼ってある。だから、太陽光線を気にしないで、窓から外の風景が眺められるのだ。さすがインド!と、感動めいた思いをする。



お部屋からは、中庭の美しい緑の芝生と立ち木に囲まれて、水底の 模様が美しいプールが見える。オフシーズンとあって、ヨーロッパ人らしき数人が、のんびりと泳いだり、プールサイドのデッキチェアで体を休めていたり・・・。私たちは二人とも泳げないし、さらに水着姿にも自信がないので、プールに入りたいとは思わなかったし、それゆえ水着は持参していなかった。P9280525b











道端で見かけた貧しい人々の暮らしと・・・このプールサイドの幸せな人々の光景と(そして、豪華なホテルの一室にいる自分たちと)そのあまりの違いについて、しばし感慨に耽る・・・。

インド紹介の旅関連のテレビ番組では、決して知ることのできないインド社会の暗闇の部分・・・。不可触民が人としての尊厳を認められずにいて、社会の底辺でしか(女子供、老人、弱者は乞食としてしか?)生きられない、不可思議なインドという世界。

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(マミー)
ホテルで遅い昼食を摂りDvc00013 その金色に輝くロビーで記念撮影をして、アーグラー城へと向かう。 P9280538P9280548_2車を降り、城門へ向かって歩いているうちは感じなかったが、城壁は意外なほど高い。 門の中へ入ると、赤砂岩の巨大な塔が、巨人のように頭上にのしかかってくる。 P9280554_2

じっくり撮影していると、ガイドが「急いでください」と言う。「ここで写真を撮るんだ、何が悪いか」と一喝したら「後にしてください」と言う。「後では遅いんだ」と怒鳴りつけたら黙ってしまった。昨日からこの男を信用しなくなっている。次にインドへ来るときは、ガイドなしにしたいものだ。

ここでの撮影にこだわったのは、すでに太陽がかなり傾いていたからである。事実、帰りは日没直前で、城門付近は影になっていた。


(夕日)
駅でのVIPルームの一件以来、マミー氏は、ガイド氏に余りよい感情を持たなくなっているようだ。

このアーグラーは、デリーと並んで、中世より王都として栄えた。インド版の古都京都?と言うところであろうか?昔からずっと今も、軍事基地として多数の軍隊が駐屯している。
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さて・・・アーグラー城は、思いの外すばらしかった。
アーグラーと言えば、誰しも即座にタージ・マハルを思い浮かべるが、このアーグラー城は、それに勝るるとも劣らない大いに見どころのあるものだった。赤砂岩の色が、不思議なあたたかさを感じさせてくれて、城壁のいかめしさを弱めてくれる。そしてこの堅牢な外観の素朴な雰囲気からは全く想像できない、内部の優美さ豪華さなのであった。P9280571_2

この城の見学時間は・・・朝は何と7時からだそうだ。夜は18時まで。他のモスクや廟の多くでは、見学時間帯は日の出~日没となっていて、朝日や夕日を背景に最も美しく見える時間帯に、見学できるよP9280565_2 うになっている。


(マミー)
城内へ入ると、また意外な光景が展開する。広い芝生の向こうに、赤砂岩に白大理石を象嵌した美しい宮殿が静かに立っている。さらにその北側にも、贅を尽くした宮殿が立ち並んでいる。

(夕日)
二重の堀、二重の城壁に囲まれたアーグラ城内は、とても広大で、目の醒めるような緑のの芝生が広がり、ところどころに立木があり・・・優雅で美しい外観と内装を備えた宮殿や、謁見の間などが建っている。その芝生を、可愛いリスたちが走り回っている。

そして驚いたことに、ある動物たちが神様として崇められながら、この城を我が物顔に走り回っているのだった!
その動物とは?猿である。

この国では、猿も神様として大切にされているのだ。宮殿の屋根や、城壁の上を、優雅に駆け回っているたくさんの猿たち。こんなステキなお城で自由に遊んだり、好きな場所をねぐらにできるなんて、とても幸せな彼ら。夕暮れ時に近づいていたので・・・小猿の可愛い動きが、宮殿の屋根でシルエット的に美しく見えた。

ここでまたしても、同じインドに生きている、たくさんの乞食の人間たちのことを思って・・・複雑な気持ちになってしまった!
そして22年前の旅でインドの別の町のお寺を訪れた時、たくさんのハヌマンラングーンという種類の猿が、大事にされていたことも思い出した・・・。

宮殿の各部屋の壁は白い大理石製で、細やかな彫刻とタイル装飾とがなされていて、その美に息を飲む。P9280594
この城が造られた時代はムガル帝国であり、その支配層はモンゴル・トルコ系の人々であった。つい最近旅をしてきたウズベキスタンの、チムール帝国時代の王子が、中央アジアを追われて・・・インドへとやってきて、当時のインド王朝を攻め滅ぼしたのだ。P9280584_2

旅をすると・・・一見、別々の国と思われる国同士の歴史的つながりが見えてきて、なかなかおもしろい!侵略戦争は、たくさんの流血の哀しみを伴うが・・・同時に新たな別の文化が激しく流れ込んでくる。
こんな歴史的理由から・・・この城の内部は、ウズベキスタンで目にしたのに似た美しいタイル装飾が見られ、柱や壁は繊細な彫刻でおおわれている。


(マミー)
囚われの塔から、ヤムナ川の向こうに遠くタージ・マハルが見える。 タージを建てた国王シャー・ジャハーンが、息子のアウラングゼーブによって幽閉され、タージを眺めつつ息を引き取った場所である。暗い空を背景に、遠くタージが輝いていた。P9280575 P9280578_2


(夕日)
愛する妻のためにタージ・マハルという壮麗な霊廟を建てた国王を、アグラー城の塔の一室に幽閉した息子は、同時に他の兄弟も殺して帝位についた。この息子アウラングゼーブは、なんと父の真似をして、あのアウランガーバードに「ビービー・カ・マクバラー」というタージ・マハルそっくりのものを、亡くなった妻のために造ったのだ。

さて、このアグラー城の内部には、王妃や城の女性だけのための市を開く場所を用意してあった。人前では顔を隠さなくてはいけない女性達が、心ゆくまで気楽に買い物ができるようにと、城内にそのための十分な広さの芝生が用意されてあったのだ。P9280597

この城には、庭園に面して二つの広い謁見の間があった。一つは貴賓用、もう一つは一般用のためである。その広い庭園には、大きな井戸があった。P9280611_2
驚いたことに、その同じ庭園に、元イギリス提督夫人の立派なお墓があったのだ。P9280610_2 インドはムガル帝国の崩壊後に、今Dvc00020 度はイギリスの統治下に入ったのだ。そして・・・やがてマハートマー・ガーンディーが現れて独立運動が始まり・・・。

1947年に、インド・パキスタン分離独立。

やがて車はホテルに到着。なかなか立派なホテルである。お部屋の大きな窓には、太陽光線よけの(まるでサングラス風)の色つき透明シートが貼ってある。だから、太陽光線を気にしないで、窓から外の風景が眺められるのだ。さすがインド!と、感動めいた思いをする。

そして、今もなお、この二つの国は、いがみ合っているのだ!日本のようなぬるま湯のような平和な国にいて、アジアや旧ソ連などの国を旅した時・・・突然に頬を強く叩かれたようなショックを受ける。

P9280577 さてと・・・このお城でも、二人連れのインド人中年男性に「一緒に写真に入ってほしい!」と頼まれてしまった。日本人であれば、たとえオバさんでもいいらしい。たぶん、地方からわざわざ観光に来ている人たちなのかもしれない。P9280599 宮殿で出逢った、赤ちゃんを連れたインド人若夫婦を、ポラロイドカメラでとってあげたら・・・とっても喜んでくださった。P9280577


(マミー)
ムガル帝国の栄華の後を存分に見て、再び城門へ向かう。「世界遺産」の銘版が、誇らしげに壁に掲げてあった。番人のおじさんも、客を送り出して一安心というところ。ここでも、ポラロイド写真を一枚プレゼントした。P9280619

城門の観音開きの扉はすでに1枚が閉じられ、残りの空間を夕焼けが満たしていた。ムガル建築の特徴の一つは、華麗な象嵌細工である。このアーグラー城にもタージにも、美しい象嵌が施されている。タージ建設のために呼び寄せられた職人がこの地に定着し、現在でもアーグラーの象嵌細工は有名である。車に乗ろうとすると、象嵌細工の小箱を持った物売りたちが押し寄せてくる。P9280621

「3つで500ルピーですぜ」
もちろん、こんな値段なら本物ではない。でも、少し遊んでみようか。
「100だ」
「そりゃあんまりですぜ、400で願います」
「100だ」
「それじゃ、2つで300」

こらこら、値上げするんじゃない。さっき、3つで400と言ったじゃないか。
「100だ」
「250で」
「100だ」
「旦那、200で...
「100だ」

待っていた白い車に乗り込む。車は、今にも動き出そうとする。小箱は膝に乗っている。「100でいいです」これで、小箱は2つで250円になった。インドでは、買い手が値段を決めると聞いている。「いくらで買うか」決めたならば、一歩も引いてはならない。こういう風に買物の練習をして、今から「本物」の象嵌細工を見に行くことにする。


(夕日)
100
で買った二つの小箱は、明らかに偽物であるが・・・それなりに、素朴な味があった。手作りの良さである。手作りのあたたかさが気に入った!
「これは、本物の大理石を彫ったものさ。きれいだろう?」と道端の売り子。
 

案の定、次に行った本物の象眼細工の工場で、最初に説明を受けた「偽物の特徴」と、この道端で買った小箱の特徴が、全くピタリと一致した。しかし本物と偽物の違いを越えて・・・むしろ素朴な感じがあってその偽物を、今もけっこう気に入っている。

     ( ⑫につづく)   

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