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2007年11月19日 (月)

<童話>とん平さんの恋人

              夕日 作

Picture51blog
古びた小さな建物の一室に、一人のさえない風貌の男の人が、ハンカチで汗を拭きふき、かけこんできました。

「トントンとんまのとん平君!また今日も遅刻かい?」
「は、はい!どうも申し訳ございません。
ちょ、ちょっと、寝坊いたしまして・・・」
「遅刻した分、お給料を減らすからね」
「は、はい・・・・よ、よくわかっております・・・」

とん平さんは、もう40才を過ぎたというのに、いまだ一人暮らし。
しょっちゅうヘマばかりやっています。
本当は《とん平》ではなく《てつ平》という名前です。哲学の哲という字を書きます。
でも誰も本名でなんかは、呼んでくれません。
みんな、トントンとんまのとん平さんと呼ぶのです。
まだ若い女子事務員でさえ、そうなのです。

とん平さんは、小さな出版社で、校正の仕事をしています。
校正というのは、未完成のゲラ刷りの原稿の間違いを見つけて、それを訂正したりする仕事です。

「自分で文章を書くのならともかく、他人の書いた文章を見直すだけなんて、ずいぶんとつまらない仕事ね。でも、独創性のないあなたにはぴったりの仕事かもよ。
まあ、せいぜいがんばって下さいな。おほほほほ・・・さようなら」
大学時代の親しかった女友だちは、こう言って彼の元を去っていきました。


でも・・・とん平さんは、この仕事を心から愛しています。見知らぬ誰かが心をこめて書いた原稿を手にする時、とてもワクワクします。
その原稿を立派な一冊の本にするには、とん平さんみたいな人の、縁の下の力が絶対に必要なのです。

「まぁ、この家ってひどいわね。ろくな食べ物がありゃしないわ。まずそうな、ひからびたパンのかけらと、腐りかけた野菜だけよ。ねえ、この家はよして、隣の家の台所に行きましょうよ」

ある夜中、ネズミの夫婦がこう話しているのを、とん平さんは布団の中で、はっきり聞いたのです。
「あーあーネズミにも相手にされないんだなあー!」
とん平さんは、深いため息をつきました。

とん平さんは、今日もビオラを練習中・・・・
「えっ?とん平さんが、クラシック音楽を?」なんて、びっくりしないで下さいな。
クラシック音楽の大好きなとん平さんは、時には一張羅の背広を着て、ちょっぴりすまして、コンサートに行くこともあるのです。Picture53blog

(ビオラというのは、バイオリンのようにきらびやかな音でもないし、チェロみたいに深みのある重々しい音でもないけれども、しっとりと落ちついた柔らかい音色を持っているんだ。僕は心からこの楽器が好きなんだよ!いつか、もっと上手になったら、アマチュアのオーケストラの団員に加えて貰いたいなぁ!)
とん平さんは、いつもこう思っています。とん平さんにとって、ビオラは憧れの恋人みたいな存在なのです。

でも・・・とん平さんは、じつのところ、まったく音楽の才能がないようです。いくら練習しても、ビオラの腕前はさっぱり上がりません。
とん平さんは、夜、布団の中で天井をみつめながら、こう思います。
(こんな時、セロ弾きのゴーシェの家には毎晩ちがった動物が現れて、演奏の下手くそなゴーシェに、いろいろと音楽の手ほどきをしてくれたんだな。いつか、僕にもそんな日がやってこないかなぁ!) 

けれども、とん平さんの所には、だあれも来てはくれません。あいかわらず、とん平さんのビオラは、ギィギィ ギギ ギィーギィーという苦しげな悲鳴をあげているばかりなのです。

「まあ、なんてひどい音なの!あなたね、いくら下手の横好きといっても、全く音楽性のかけらもないのにビオラのような難しい楽器をやろうなんて、練習するだけ無駄よ。これは明らかにご近所に騒音公害だわ。
じゃあね、さようなら・・・」こう冷たく言いきって、とん平さんの元を足早に去っていった女友だちもいました。

ある春の初めの、とても爽やかな朝のことでした。
とん平さんが、お部屋の出窓の所をなにげなく眺めたら・・・まぁーなんということでしょう!そこにずっと置きっぱなしだった鉢植えの観葉植物が、小さなつぼみをつけていたのです。
7年前に近所の花屋さんで買ってきて、その後何度か枯れそうになりながらも、なんとか育ってきたものだったのです。

「へぇー、びっくりだよ。この植物が花を咲かせるなんて、夢にも思わなかったな!まさに、ラッキーセブンの七年目か」
そして、とん平さんはなぜか固く信じたのです。きっと、まもなく自分にも、すてきな春がめぐってくるにちがいないと・・・。
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「トントンとんまのとん平君!君ね、この頃なんだか少し変じゃないかい?朝は早いし、ミスは少なくなったし、仕事中に鼻歌は出るし。いったいどうなっているんだい?君が変だと、こちらまで調子が狂うよ」
プカプカとタバコをふかしていた上司が、ある時突然、そんなことを言いました。 

そうなのです!
とん平さんは、近ごろやたらと心がウキウキしてしまうのです。
とうとう、窓辺の鉢が白い可憐な花を咲かせたのでした。
(今度こそ、いよいよ僕の番だ!)
とん平さんは、そう強く思っています。

それから数週間が過ぎた、ある日のことでした。
とん平さんは、春の甘い香りを、そしてさわやかなそよ風をまさに心に感じたのでした。
それは、ある童話を校正していた時のことです。


 星 さやか作 《風の歌った恋》

その文章の中には、まさに春の息吹がみちみちていました。少年と少女との甘美な出逢い。そこには、爽やかな詩と音楽がありました。とん平さんは、いつのまにか、童話作家の星さやか嬢に、恋をしてしまったのです。Picture16

彼女の童話にいつも出てくる色白で手足が細長くって、木綿の白いワンピースの似合う少女・・・・。
きっと作者自身も、こんな人に違いない。そうじゃなかったら、こんなに初々しくって、やさしさにあふれた文章が書けるはずがない。とん平さんは、そう信じて疑いませんでした。

何日も思い悩んだ末、ある日、とん平さんは決心をしました。ぜひ、その星さやか嬢を訪問して、一言でいいから言葉をかわしたいと。
それから数日後、とん平さんはとびきりのおめかしをして、ピンクのバラの花束を持って、星さやか嬢の家を訪れました。
それは猫の額ほどのお庭のある、小さな家でした。手入れの行き届いたお庭には、春の花がやさしく咲いていました。

とん平さんが、思い切ってドアのチャイムを押すと、出てきたのは80才位にはなろうかと思われる和服姿の品のいいおばあさんでした。そしてなんと、その人がまさに童話作家〈星さやか〉その人だったのです。

「まぁ、わたくしの文章を気に入って下さって、とてもうれしゅうございま
すわ。わたくし今は、童話の世界に遊ぶことだけが、生きがいですのよ」

手作りの和菓子をごちそうになり、お抹茶を出されても、とん平さんはちっとも味がわかりませんでした。あまりに失望感にうちのめされていて、肩をがっくり落としたままでした。

「どうぞ、また、ちょくちょくお遊びにおいで下さいましね」
 
とん平さんは、その夜、お酒をガブガブ飲んでふて寝をしました。それなのに、どうしたわけでしょうか?次の日になると、無性にあのおばあさんのことが気になるのです。
そして一週間後、再びとん平さんは、あのおばあさんの家を訪れたのです。
手には、春の香りがいっぱいつまった黄色のフリージアの花束と、桜餅とを持って・・・・。

それからは週末になると、郊外にあるあの小さな家の庭先からは、とん平さんとあのおばあさんの笑い声が、聞かれるようになりました。
「・・・まぁ、そうなの、それはがっかりだったでしょうね。オホホホホ・・・あなたは、わたくしの初恋の人にとってもよく似ているのよ。外観がじゃなくってね、あなたの心根が、とでもいったらよいかしら?
きっとそのせいね。あなたとお話ししていると、わたくしの心は、かっての夢見る少女時代に、すぅっと戻ってしまうのよ・・・どんどん素敵な童話が書けそうよ。ふふふ」Picture55blog

とん平さんもそうでした。
なぜか不思議なことに、現実の地味な着物姿のおばあさんと、おしゃべりをしているのではなくって・・・・ポニーテールをたらした木綿の白いワンピース姿の少女と語り合い、笑いあっている気分になっていたのです。

おばあさんの家からは、時にはなんと、あの苦しげなうめき声に似たビオラの音さえも、聞かれるようになったのです!

「ビオラの音色って、わたくしも、とっても好きになりましてよ。
なんてしっとりと、おだやかに心に響いてくるのかしら?
また近いうちに、ぜひビオラの演奏を聞かせて下さいませ。
わたくしね、ビオラをひいている時のあなたの真剣な表情を見るのも、とっても好きなのよ」

でも、とん平さんのビオラの腕前は、前とちっとも変わっていないのです。あいかわらず、ギィギィ ギギ ギィーと悲鳴をあげているばかりです。
どうやら星さやか嬢は、とん平さんのビオラの演奏を、その二つの耳でというよりも澄んだ心の耳で、静かに聴いて下さっているに違いありません。

とん平さんは、今日も、一生懸命にビオラを練習しています・・・                      

                 <おしまい>

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