« <童話>赤いベレー帽 | トップページ | ゴリラのココと手話 »

2007年11月16日 (金)

<童話>音吉とオーボエ

                       夕日 作
Picture39blog

その町の公園通りには、夕方になるといつも、屋台のラーメン屋さんが店開きをしていました。そのラーメン屋のおじいさんは、どんなときも素敵な笑顔でお客さんを迎えてくれるので「音吉じいさ~ん」と呼ばれて、お客さんたちから慕われていました。なぜかオーボエが大好きで、お客さんのいない暇な時間には、きまって静かにオーボエを吹いていました。
ラーメン屋さんなのにチャルメラじゃなくって、どうしてオーボエを?
じつは、それには深いわけがあったのです。

そのオーボエは、音吉じいさんのお父さんが、大切に使っていたものでした。そのお父さんは、この町の音楽学校を出てまもなく才能を認められて、町のオーケストラで、オーボエ奏者として活躍していたのでした。
晩婚であったお父さんは、年を取ってから思いがけず男の子が生まれた時に、大切なオーボエをその子にゆずろうと心に決めたのでした。そして「将来は自分のような音樂家になってほしい」という願いを込めて、その子に「音比古」という洒落た名前をつけました。でも年をとった音比古じいさんは「おじいさんは、なんというお名前ですか?」と聞かれた時につい「音・・・音、音吉じいさんと呼んで下さいよ」と答えてしまいました。そして今では、自分でも「音吉」の名前の方が気に入っていました。というわけで、このお話も音吉という名前を使うことにします。

さて音吉は、小さな頃からお父さんを先生として、オーボエを練習することになりました。でも小さな子どもにとっては、とても難しい楽器でした。すぐに息が切れて・・・・音が出なくなってしまいます。教えるお父さんも一生懸命でしたが、音吉だって必死でした。それなのに・・・・いくら練習しても、ちっとも美しい音が出ないのです。

やがて・・・・お父さんが亡くなりました。周りのみんなが、音吉も父さんのような一流オーケストラのオーボエ奏者になることを、期待していました。でも・・・・いくら練習しても、音吉のオーボエからは、苦しげな濁った音が出るばかりでした。
そのうち・・・・音吉は毎晩のように、夢にうなされるようになりました。夢の中で、大きな丸太ほどの巨大なオーボエに追いかけられて、押しつぶされそうになるのでした。Picture49blog

やがて音吉はだんだんに、練習をするのが苦しくなり始めました。それでも、歯を食いしばってがんばりました。

それから数年が過ぎ、音吉も、立派な青年となっていました。でも、音吉のオーボエの腕は上がらず、音楽大学へ進学することはできませんでした。音吉はその町の別の大学で学ぶことになりました。
そしてある時、一人の清楚な少女に恋をしました。
その少女は、ハープを弾きます。
ある春の夕べ、アマチュア室内楽団の一員として、公園での野外コンサートに出演していたのです。音吉には、純白の木綿のレースのワンピースを着て、ハープを奏でていた少女がまぶしくって、まるで天使のように見えました。すみきった流れるような音色が、ポロロロロ・・・と、その指からつむぎだされるのでした。Picture41blog
その夜から音吉は、丸太につぶされる夢と天使の夢を、交互にみるようになりました。

そしてある日、音吉は大決心をして町に出かけました。
《アマムジカ室内合奏団》という看板のある小さい建物の前に立ち、勇気をふるってドアをノックしました。
「どうぞ、お入りくださいな」
その優しい声は、あのハープの少女でした。
「あ、あのうー、僕もオーボエを吹きます。僕も皆様のお仲間に入れていただけませんか?」音吉は、おそるおそるそう聞きました。
「いいとも。楽器を少しだけ上手にひける人なら、誰でも大歓迎だよ。」
中で一番年上らしいチェロを持った人が、にこにこしながら言いました。それから、こうつけくわえました。
「せっかく来てくれたのだから、とりあえず君の演奏を少しだけ聴かせてはくれないかなぁ」

そのとたん、音吉の心臓はドッキンドッキンと、騒がしい音を立てはじめました。音吉は夢中でオーボエを取り出すと・・・まるで何かに憑かれたように、吹きはじめました。なんだか夢と同じに背後から巨大なオーボエが、音吉を襲ってくるような恐怖を感じて・・・目をつぶって、やみくもに吹いていました。
吹き終わって、おそるおそる目をあけると、あの少女が悲しそうな目で音吉を見つめていました。そしてチェロの人もその場にいた他の人も、一言もしゃべらずにただ、古ぼけた木の床をみつめるばかりでした。

音吉はとても不安になって「あのぅー僕、下手すぎますか?入れては頂けないでしょうか?」 と、どぎまぎしながら聞きました。
するとチェロの人が苦笑いをしながら、こう言うのでした。「君の音は、あれはオーボエというよりも、まるでチャルメラだね。ほら、屋台のラーメン屋さんがよく吹いているだろう。あれと同じさ!とても音楽を奏でているとは言えない代物だよ」
「僕たちは、これでも一応芸術家のはしくれだからね」フルートを持った別の若者が、誇らしげにこう言うのでした。

その帰り道、音吉は何度もオーボエを途中の川に捨ててしまおうと思いました。でもお父さんの大切な宝物です・・・とてもとても捨てられませんでした。
やがてふと気づくと、音吉は公園通りを歩いているのでした。野外ステージのあるあの公園です。
音吉は急に、その野外ステージに行ってみたくなりました。そして、いざその客席にすわってみて、誰も人のいない舞台をみつめていると・・・・音吉はなんだかとっても悲しい気持になりました。

パチパチパチ  パチパチパチ....
いつのまにか音吉は舞台の上にいて、黒いタキシードに白い蝶ネクタイをして立っていました。すぐわきを見ると、純白のロングドレスを着たあの少女が、ハープのそばに立ってほほえんでいました。「お客様は、演奏が始まるのを今か今かとお待ちよ。ホラ、一緒にご挨拶をしましょう!」という風に、少女は音吉に目で合図をしました。
音吉は、あわてて深々とお辞儀をしました。

少女が、ゆるやかにハープを奏ではじめました。そして音吉も大きく深呼吸をして・・・それから静かにオーボエを吹きはじめました。
オーボエはなんて柔らかなあたたかな音色で、歌うことでしょうか?音吉は、自分が吹いているのだとは、とても信じられませんでした。
ハープが優しくよりそうように歌うのでした。舞台の横手にある大きな木が、その白い花びらを一枚また一枚、音吉の上に舞い散らすのでした・・・
ああ、とてもいいかおり・・・Picture44blog

少し寒気を感じてハッと気がつくと、なんと音吉はオーボエを胸に抱いて、客席のいすにもたれて眠っていたのでした。あたりはすっかり真っ暗でした。空を見上げると、たくさんのお星様が静かにまたたいていましたし...お月様もやわらかな光で、あたりをそっと包んでくださっていました。

「ぼくは夢をみていたんだなぁー!でもなんてすてきな夢だったことだろう!」 
音吉はそれから、オーボエを胸にぎゅうっと抱きしめました。
「ああー、僕はオーボエが大好きなんだ!」
音吉はそのとき初めて、心からオーボエが大好きなことに気づきました。
「でも・・・僕の吹くオーボエの音はとてもひどくって、まるで音楽といえた代物じゃないらしいんだ。誰にも馬鹿にされずに、大好きなオーボエを吹くにはどうしたらいいだろう?」

でも音吉は結局、その後オーボエを手にすることは、ほとんどなくなりました。大学を卒業した音吉は、音楽とは全く縁のない仕事につき、毎日忙しく日本中を走り回ったのでした。いろいろな女性と出会いましたが、あの少女との出会いみたいには心がときめかず・・・ずっと一人で仕事に生きてきました。ただ、オーボエの演奏会がある時には、できる限り聴きに行くことにしていました。オーボエの柔らかい音に包まれている時が、音吉の一番幸せなひとときでしたから・・・。

何十年かが過ぎ仕事の定年を迎えてから・・・音吉は、故郷の小さな町に戻りました。なんと音吉は、屋台のラーメン屋さんになったのでした。そして、チャルメラがわりにオーボエを毎晩吹くことにしたのです。ラーメン屋さんなら、いくら下手くそに吹いたって、誰にも馬鹿にされませんもの。これでやっと、大好きなオーボエと毎日いっしょにいられます。

それから・・・その町の公園通りには、いつも音吉のラーメン屋さんが店開きするようになりました。あの野外ステージのすぐそばでした。道の両側には花壇があって、四季折々に色とりどりの花が咲きみだれます。だからラーメンをすすりながらお客さんは、美しい花をながめることができますし・・・それに実は、音楽の演奏付きのこともあったのでした。というのも春や秋には、野外ステージでたくさんのコンサートがひらかれるからでした。

音吉は夜中近く仕事が終わってから、人通りの途絶えた公園でゆっくりとオーボエを吹くことにしていました。お客さんの前では、チャルメラ代わりとして以外は吹かないことにしていました。なぜって、せっかくのラーメンの味がまずくなってはいけないからでした。でも、木枯らしの吹く冬の日の夜などは、道を歩く人もまばらですし、北風の音にまぎれてしまうので、安心してオーボエを吹くことができました。

ラーメンの準備をしながら音吉は、はるか昔の青春時代のことを思い出すことが多くなりました。


あの頃・・・音吉の通っていた大学の近くに、あのハープの少女が入学した音楽大学もありましたから、音吉はしばしば、あの少女が楽譜を山ほど抱えて歩いているのを見ていました。少女は心をときめかす音吉には目もくれずに、早足で通り過ぎるのでした。
音吉はまた、公園の野外ステージから聞こえてくる、あの少女のつまびくハープの流れるような音色に、ひとり胸を熱くしたものでした。

それから数年がすぎ・・・公園のベンチでのんびりと本を読んでいた音吉は、見たのでした!今は美しい女性となったあの少女が、フルートを手にした青年と肩を寄せあい、楽しげに公園を散歩している姿を!彼女の左手には、ダイヤの指輪がまぶしくきらめいていました。

音吉はその夜遅くあの野外ステージに行き、客席のベンチにうつぶして、思いきり涙を流しました。やがて気を取り直すと・・・オーボエを取り出し、心をこめて磨きました。それからステージにかけ上がると、オーボエをゆっくりと吹きはじめました。
今夜は、自分一人だけのためのコンサートです。曲目は・・・エレジーとかいった短調の悲しい曲ばかりです。音吉はもう、上手に吹こうとか、人に聞かれたら恥ずかしいとかいう気持は、すっかり消えていました。ただ夢中で、大好きなオーボエを吹き続けていました・・・。




さて・・・いつからか音吉は、ラーメンを作ってお客様に出してしまうと、お客様の前でオーボエを吹くようになっていました・・・。

えっ、下手くそなのに、お客さんに嫌がられないかしらですって?でもオーボエを吹きはじめたのは、お客様からの希望だったのです。
「夜遅く公園を散歩していたら、どこからか、やさしくって心にしみとおる笛の音が聞こえてきたんだよ。そしてその音色に誘われて・・・ふっと気づくと、ここに来ていたというわけなんだ・・・」

音吉はびっくりしました。いまだかって、オーボエの音をほめられたことなんてありませんでしたから。きっとこの人は、耳が少しおかしいにちがいないよ・・・そう音吉は思いました。
でもまたある日、別のお客さんがやってきて、同じようなことを言いました。そして、こうつけ加えさえするのでした。
「どうか、オーボエを吹いて聞かせては貰えないだろうか?」
そしてそれから音吉は、時々客さんの前で、オーボエを吹いて聞かせるようになったのでした。

音吉は思いました。僕は美しい音ですてきに吹くことは出来ないけれども、心をこめて吹くのなら誰にも負けないつもりだ、と。
それにしても、音吉のオーボエを聴きたいなんて、この町にはずいぶん物好きな人もいるものね、ですって?
じつは・・・音吉自身は気づいていませんが、音吉は今では、オーボエをとても澄んだ音色で、すてきに吹くことができるのです。あの青年時代の失恋した夜、公園のベンチでおもいっきり泣いたとき、音吉の喉に長いことひっかかっていた何かが、突然ポロリと下におっこちて、見るまに溶けてしまったのでした。それは不思議な透明な結晶で、涙からできていました。Picture42blog

音吉はそれまでどんなにつらいことがあっても、ほとんど涙を見せたことがありませんでした。
(僕は男の子だもの、歯を食いしばって頑張らなくっちゃ!)
でも子供なら誰だってつらくて悲しい時、思いっきり泣きたいこともあるはずです。音吉はその涙をためて、ためて・・・いつの間にか水晶の玉みたいに固めてしまったのでした。そんなものが喉にひっかかっていては、美しい音がでるはずがありません。そして今ではそんな余計なものは、どこかに溶けて消えてしまっていたのです。だから音吉は、今ではオーボエを、とてもすてきに吹くことができるのです。でも音吉自身は、そのことを知りませんでした。
だからいつもこう思っていました。
(僕みたいな下手くそなオーボエ吹きでも、喜んで聞いてくれる人がいるなんて、なんてうれしいことだろう!)
それで、お客さんからオーボエを聞かせてほしいと言われると、心をこめて吹くのでした。

音吉のラーメン屋さんにやって来る人々は、どちらかと言うと貧しい人々が多いのでした。町に住むお金持ちの多くは、最新流行の洋服を着てつーんとすまして、しゃれたレストランに出かけます。アルバイトをしながら学校へ通う学生、住み込みの店員さん、工員さん、そんな人々が音吉の大切なお客様でした。
すてきな音楽をききながら、色とりどりのお花をながめながら、お食事をする・・・たとえラーメン一杯だとしても、それはなんてぜいたくなことでしょう!その人達のほとんどは、音吉の吹く曲そのものは初めて聞くものばかりでした。でもバッハであろうとモーツァルトであろうと、どうでも良かったのです。その人達が聴きたかったのは、音楽というよりも音吉のオーボエの音色の暖かさ、優しさそのものでしたから・・・

それからまた長い月日がたち・・・音吉は白いお髭の似合うおじいさんになっていました。そして、ずっと独りぼっちで暮らしていました。でも、これまで、音吉のオーボエの音に慰められた貧しい人々は数えきれません。それは、立派なホールでのコンサートなどとは、全く無縁の人々ばかりでした。
そして今では、音吉のオーボエの音色は、一流のオーケストラのオーボエ奏者にも負けないだけの美しさを持つようになっていました。いや、その音色の持つ暖かさ、優しさにおいては、音吉以上の音を出せる人がほかにいたでしょうか?Picture43blog

音吉じいさんは今晩もまた、ゆるやかに歌うように、オーボエを吹いていることでしょう。
ほら、静かに静かに、そっと耳をすませてごらんなさいな。あなたにも、聞こえてきやしませんか!あの心に染みいる美しい音色が・・・

                    <おしまい>

|

« <童話>赤いベレー帽 | トップページ | ゴリラのココと手話 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/500091/17086845

この記事へのトラックバック一覧です: <童話>音吉とオーボエ:

« <童話>赤いベレー帽 | トップページ | ゴリラのココと手話 »