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2008年4月19日 (土)

アイヌ民族について

つい最近ふとしたことで、アイヌ民族についてきちんと調べてみようと思い立ちました。

そして、アイヌ民族について知れば知るほど、かってアメリカ大陸でインディアンの人々が受けたと同じ様な苦難を受けたアイヌの人々のことを思って、言葉を無くしてしまいました。
北海道の地で、共に暮らしていたアイヌ民族のことを、その文化を、その歴史を、私はあまりに何にも知らなかったのです。
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そして、私の身近な人でさえ、アイヌ民族について誤解と偏見を持っていることを知り、とてもショックを受けています。正確な知識を持つことが、いかに大事なことかを痛感しています。そのためにも、今私が知ったいくらかのことを、このブログに載せたいと思っています。

私は北海道の旭川市生まれ。高校一年までそこに暮らしていました。
旭川の近文というところに、アイヌ民族の人々が固まって暮らしている部落がありました。どのくらいの数の人々が住んでいたのか、当時の私にはわかりませんでした。
アイヌの人は、家も着るものもほとんど私たち和人?と同じだったのなので、どこからどこまでがアイヌ民族の集落だったのかもよくわかりませんでした。
当時の日本の同化政策のもとで、アイヌ文化が否定されたせいだということを、今になって知りました。


私は、たまたま旭川の近文の近くに住んでいて、戦後のベビーブームのせいで急きょ新設された北門中学校(後で知ったことですが、もともとアイヌの共有地だった場所に建てられたようです)に通うことになり、毎日アイヌ部落を通り抜けて通学していました。クラスメートにもアイヌの人がいました。今考えると、たぶん?やや貧しい暮らしをしていたように思います。

そして、下に載せてあるホームページの中の「知里幸恵文学碑」が建てられた場所が、彼女の育った家のあった場所であり、またその後に私の母校の北門中学校の校庭となった場所だったようです。私はこの中学校の最初の卒業生でした。

知里幸恵さんは、その生き方が教科書にものったアイヌ人です。若くして亡くなりましたが、その短い生涯にユーカラを日本語に翻訳し「アイヌ神謡集」を著し、またそのユーカラに魅せられた言語学者金田一京助のアイヌ語の補正をしたのです。彼女の実弟は、東大を出て言語学者になりました。
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さて、アイヌの人たちは学校教育も私たちと一緒でしたし、日常生活ではあまり違いを感じませんでしたが、何らかの差別を受けているらしいとは感じていました。

顔立ちが独特で、一目でアイヌ民族とわかりました。髪の毛が黒々としていて、目鼻立ちがはっきり。目は大きな二重の目で、大きくどっしりとした鼻が特徴的でした。中国系の顔立ちではなくて、むしろ沖縄の人々のような彫りの深い顔立ちなので、一目でアイヌ民族の人だとわかりました。
今は、たぶん混血が多くなっていて、純血のアイヌ民族は少なくなっていることでしょう。

もしも、ここまでお読みになって、アイヌ民族についてもう少し知りたいと思われた方は、下に載せましたサイトをぜひご覧になってください。

  近文 あの時このとき(旭川におけるアイヌ文化の歴史と現在) http://homepage1.nifty.com/kakogawa/wakaru/yukar/area/history-top.htm

☆「川村カ子トアイヌ記念館」館長川村兼一さんに聞く→この記念館は、私の通学路にありました。たぶん、無料だったと思います。学校帰りにときどき中に入って見学しました。この方のお嬢様は、大きな瞳のはっとする美人でした。  http://www.ne.jp/asahi/institute/association/bulletin/20040916/ainukinenkan.htm

☆知里幸恵さんのことhttp://homepage1.nifty.com/kakogawa/wakaru/yukar/yukie/top.htm

(このページの旭川という赤字をクリックすると、彼女のことを書いた新聞記事が見られます)

☆アイヌ 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』→こちらは、上記よりもはるかにたくさんの情報を得ることができます。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C

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コメント

あ、居る。

 「アイヌ民族のことなんぞ、知りたくもない!」
  と、ヘラヘラ長椅子でふんぞり返る、
  おいちゃんの横で・・・・

 勉強されているのですネ? 夕旭さま。

 「人を蔑む」 ということと、「差別」が同じように
  使われることが、問題なのではないかと思っています。

 「竜」は恐ろしい架空の動物ですが、
  「鷲猫」にとっては、可愛いものです。
   その「竜」ですら、「逆鱗」だけは触らせない。

 多くの、地球号に乗る「民族」は、その「逆鱗」が、
  何か、を自ら発するべきです。
   もっとも、弱点は見せませんけどネ。

 他愛もない「逆鱗」を持つものが、「自然淘汰」されて
  しまうのではないでしょうか?

 なんか、自分で言っててワケ分からなくなってきた。

 家族会議で、仲良く結論出してネ。

 

投稿: ハゲワシ | 2008年4月23日 (水) 12時24分

 追伸

 野良猫ミースケは、やめてくんない?

  「鷲猫」という、立派な命名者なんだから、
    猫だから、ミーすけなんて・・・・
     単純すぎルーーーーー!!!!!

 我が家で、ワシがなんと呼ばれているか知ってる?

   うううっ・・・・ 

投稿: ハゲワシ | 2008年4月23日 (水) 12時28分

鷲猫さま

> 猫だから、ミーすけなんて・・・・
>     単純すぎルーーーーー!!!!!

いえいえ、このミースケという名前は、両親がまるで自分の孫のように、大切に育てていた猫ミミちゃんの兄弟のつもりで、わざとミの字を使って、つけたのです。

ミミちゃんの方は春を待たずに、17歳の生涯を終えましたが・・・。

>我が家で、ワシがなんと呼ばれているか知ってる?

鷲王様とか、鷲殿様 ではないことは確か!

鷲鵜?さま
 
雨雨雨は私の大好きなアジサイの美しい時

投稿: 夕日 | 2008年4月23日 (水) 15時36分

夕日様

どこかの政治家さんが、昔、日本は単一民族の国家であると言って物議を呼んでいたのを思いました。
アイヌの人達もそうですが、実は、もう一つ、有名な民族がいますよね。
沖縄、奄美地方の地方の人たちです。
その昔、琉球と呼ばれていた独立国家でした。

最近まで、沖縄の人達も、ひどい差別を受けていたと聞いています。

3年ほど前、体調を崩したのを機に沖縄にしばらくぶらり旅をしてきましたが、歴史の傷も深く大きく残っているという印象を受けました。

この国には、日系の人達や、在日の皆さんもたくさん住んでいて、その人達の力もあって、今の日本があるんですから、もういい加減、お馬鹿なことをいう人がいなくなればなぁと若輩ながら思います。

投稿: こもれび | 2008年5月26日 (月) 04時40分

こもれび さん

コメントを下さって、とてもうれしいです。
ブログを作ってから、7ヶ月ほどたっています。
その間、コメントを下さったのはごく少数。それもおなじみのパソコン通信時代の仲間だけ。私のブログ内容が、やや固すぎるのかしら?(^_-)-☆

アイヌ民族や琉球民族は、本当にすばらしい文化と歴史を持っていました。それなのに同化運政策ということで、強制的に捨てさせられています。本当にもったいないことです。

でも、中国などでも、漢民族以外の少数民族などが、同じような目に遭っていますね。
チベットやウイグル地区を旅した時、そこにかって息づいていた独特の文化・歴史背景を垣間見ることができました。でも、それらは政府から否定的に見られています。
チベット問題を憂いていたところに、あの悪夢の四川大地震!その後の中国政府の腹立たしいほどの醜い動き。

あと、日本で忘れてはいけないものがあります。
部落民問題!
じつは私は、中学生時代に島崎藤村の「破戒」を読んで始めてその存在を知りました。
その後、高校時代の文通相手が京都に住むクリスチャンの男性でしたが、心優しい彼は部落民の子供たちの勉強を見てあげたりするボランティア活動をしていました。
京都付近には、部落民や在日の方がたくさん住んでいたようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%A8%E8%90%BD%E5%95%8F%E9%A1%8C#.E8.B5.B7.E6.BA.90
20代の頃、ギターの弾き語りでフォークソングなどを独りで良く歌いましたが、その中でとても悲しい歌がありました。
岡林信康作詞作曲の「手紙」。部落民の少女の悲恋を歌ったものです。

でも・・・この部落民のこと以上にひどい現実は、インドのアンタッチャブルの穢民たちの運命です。
まるで人間扱いじゃないのです。いわゆるカースト制にも入らないのです。インドでは彼らと口を利いても、そばに近づいても自分たちが穢れると信じられていて、彼らはまるで野生の豚たちに近い暮らしをしているのです。たぶんインドの人口の数には入っていないでしょう。
インド旅行中に見かけた彼らのあまりに悲しい姿を思うだけで、今も息が詰まります。

投稿: 夕日 | 2008年5月27日 (火) 01時30分

私の好きな画家に、ノーマン・ロックウェルという方がいます。
その人の作品に「アメリカ国民の宿題」というものがあります。
彼の人間愛に満ちた作品を知っているからこそ、この作品の問題定義に圧倒されます。

私の不勉強な知識の中でも、世界中に「差別」が色濃く残っていることは知っています。
日本はもちろん、アメリカ、インド、中国、欧州、アフリカ・・・・推挙に暇がありません。

私が身を持って海外の差別問題を感じたのは、NYを訪れた時でした。
なぜ、NYが人種のサラダボウルと呼ばれているのかをはっきりこの目で見てきました。
欧州は、ジブシーと呼ばれる人々についても同じです。。。。

ごたぶんにもれず、日本人も、さきの大戦や関東大震災で、アジアの人達に対して、決して許されないことをしたんですが。
また、部落問題については、関西出身の私にとっては、30代ではありますが、その問題の根深さについて、利権も含めて、知っています。


考えてみれば、各民族や国家が、人類の中で自分たちがもっとも優れているなどと主張することがいかに愚かなことかが分かります。
人間という動物は、アフリカの一角で、突然変異で生まれたお猿の仲間が、地球上に分布したのに過ぎないのですからね。
もとをただせば、ルーツは同じです。

でも、きっと人間は進化するんだと思います。
人間という動物は決して一人では生きていけません。
それゆえ、一人+一人が2ではなく、3にも、4にもなるんだと信じています。
シナジー効果などといわれますが、私はこれだけは諦めたくありません。


追伸
私も「君の話は難しい」「理想論」だと言われて生きてきました。
でも、思うことは思うんですから、仕方ないですよね。
くだらない「政局」「大人の事情」に惑わされて、大局を見誤ることのない強い人になりたいと思います。
理想がなければ、世界はよくなりませんから。
・・・・・と、うつを抱える弱い小生は思います。
^^;

投稿: こもれび | 2008年5月27日 (火) 04時05分

こもれび さん

お話をしていると、どうやら私とあなたは同類?という感じがします。

かって文学部の学生であった時、私の心をとらえていたのは、「やがて死すべく運命付けられた人間としての私は、いったい何のために生きるのか?生きがいとは?そして自分とは?」というものでした。

私の専攻は「西洋文化」で、特に哲学・宗教学を中心に学んでいました。

デカルトの「われ思う 故に我あり」とは?
カントやヘーゲルやベルクソン・・・どれも難解で(翻訳本は、とりわけ難しい熟語を使うので)ますます混乱!

そんな時「星の王子さま」(saint-exupēry作)に出会いました。
「本当に美しいものは、心でなくては見えないものだ」
この一言を述べるために、ヘーゲルは長大な哲学書を書かねばならなかった?

私は、その時から哲学書にさようならをしました。
そして、童話三昧の日々をおくりました。
童話は、わかりやすい詩のような表現で、哲学的な深い味わいを持つことができるのです。

当時、私が男の友人に書いて出さなかった手紙が残っていました。
読んでみると、なんとも理屈っぽい内容。表現も硬く、出さなくて正解でした。


こんな私ですので、どんな内容のコメントでも歓迎です!


話変わって・・・今、日本、世界中のさまざまな矛盾(内戦、地球温暖化、差別問題etc)に心が向いていて、毎日ため息をついています。
順番に、いろいろなことをこのブログに書いていこうと思っています。
たとえ少数の人しか見て下さらなくても、自己満足だとしても。


投稿: 夕日 | 2008年5月28日 (水) 01時54分

夕日さん

私も夕日さんと同類のような気がします。

「本当に美しいものは、心でなくては見えないものだ」
この台詞は、きつねの台詞ですが、学生時代きつね役をしたのですが、印象深く残っていますw


>「やがて死すべく運命付けられた人間としての私は、いったい何のために生きるのか?生きがいとは?そして自分とは?」

これは、中学一年の時に母親を亡くしてから、今も変わらず、私のテーマになっています。
まだ答えはでていません。


哲学書捨てられたとの事、何よりです。
木の葉、名もない華、風・・・・・結局は、かれらが教えてくれるように思います。
文字ではなくてw


確かに毎日ため息をつく事件が多いですね。
でも、マスコミのたくらみであるようにも思うのです。
新聞記者だった大学の先生が言っていました「マスコミは、事実は述べるけど、真実はかけない」。
言いえて妙だと思いました。

構想中ですが、こんなのどうでしょう。
それこそ世界中のほんのささやかな幸せな話を書いてみる。
少なくとも、1つのサイトだけは・・・・
疲れて何気なく来た人が、ああもう一日だけ、前向きに生きてみよう。
そんなサイト・・・・創れるといいですね。

投稿: こもれび | 2008年5月30日 (金) 07時58分

こもれび さん

鉢植えのクレマチスが、純白の花を開かせました。

そして、こんな些細なことでも、幸せを感じ、心がときめきます。
20代の頃から私がさがし続けていた生きる意味が、じつはこんな小さな出来事の中に潜んでいたのです。

つまり、特別の能力才能を持った人以外の、私のような平凡な人間にとって、生きがいというのはそんなに壮大な理想的なものではなく、ごく小さな喜びの集まりだということ。
だから、日々の小さな喜びを大切にしてゆっくりと味わっていこう!
ある時、ある人生論的?エッセイを読んでいて、はっきりと悟りました。 

それからは、ずいぶん楽に生きられるようになりました。
そして、音楽三昧・読書三昧をはじめとして、趣味三昧の日々を送るようになりました。
でも、一番の幸せは人と人との(動物の場合もありますが)深い心のふれあいですね。
ほんのつかの間の出会いであっても、忘れられない大切なひとときもあります。


さて・・・もともと哲学と同時に心理学にも興味のあった私は「自分の心とは?」と、いつも考えていました。

20代で欝状態になった時も、必死でさまざまな精神分析の本を読みあさりました。
作家の曽根綾子が、エッセイの中でこう書いていたのを読んだからです。
「ひどい鬱になった時、私は必死でさまざまの精神分析書を読んで、自力で病気を治した!」それで・・・よし、私も頑張ろうと。

そんな経緯もあって、偶然のことから臨床心理学や心理療法について自力他力的に、学び始めました。音楽療法・絵画療法・交流分析・ゲシュタルトセラピー・夢分析などなど。
その中では、常に自分の心と真摯に向き合わなくてはなりませんでした。
自分の心の醜い部分と良い部分を、しっかり見つめなくてはいけません。

心理学者のユングによれば、すべての人は必ず両極端の人格を持っているということです。一見優しそうな人であっても、その心の奥には冷酷な部分も潜んでいて・・・この逆の場合もあるのです。
長所短所を含めての本当の自分を好きになること!
これはなかなか難しいことです。とりわけ鬱になりやすい人は、完全主義者の要素を持っていますから・・・。


今は、ささやかな喜びを味わい、心の癒しの時を大事にして・・・その同じ癒しの時間を、世界中のすべての人々や動物たちが持てることを願いつつ、私のできる範囲で援助をして、そして静かに死を迎える・・・そんな人生を送りたいと思っています・・・

ついつい、堅い内容になっていますね。

★☆
 さてさて、このコメント欄は容量の制限はないのかしら?
 ある日突然、コメントを受け付けなくなるかも?

投稿: 夕日 | 2008年5月30日 (金) 17時02分

こんにちは。

クレマチスの花言葉は、「精神的な美しさ」「旅人の喜び」「美しい」「高潔」「企み」だそうです。
なんだか、夕日さんらしい気がするのは、気のせいでしょうか。

クレマチスの各種を掲載している面白いサイト見つけました。
200以上も種類があるんですねー。
http://www5.pekori.to/~unyako/clematis/clema_frame.htm


夕日さんも、悶々とされていた時期があったんですね。
療養はもちろんですが、そこから、色々勉強されて、一段抜けたんですね。
そういう意味では、私は、まだその過渡期ですね。
中学一年くらいから、その気はあったのですが・・・・長い過渡期ですw

色々なことに興味を持ってしまうタイプなのですが、舞台をやっていたせいかアートセラピーや心理療法、カウンセリングに大変興味を持っています。
今回、運良くリハビリを受けることになったので、別の意味で楽しみにしています。
自分の治療もそうですが、せっかく鬱とやらになったので、この経験を生かして、お役に立つ得意技を開発できないかなあと模索中です。

河合隼雄さんが棋士の谷川浩司さんと対談した「無為の力」(PHP出版)という本を読んでいますが、面白いですね。
色々とヒントになることが書いてあります。

投稿: こもれび | 2008年6月 6日 (金) 06時55分

こもれび さん

花というのは、本当に心を癒してくれますね。

白い花が大好きです。カラーの鉢をベランダで育てていますが、昨年はご機嫌が悪くてその純白の花が見られませんでした。今年はどうでしょう?

一度尾瀬で水芭蕉を見たいのですが、花の時期の混雑を思うと、いつも別の静かな時期に行っています。

山歩きをした時や、砂漠気候の岩山で、誰にも見られずにひそやかに可憐に咲いている野の花を見た時・・・
本当に心が癒されます。


今、朝顔をベランダのガラスにグリーンカーテンを作るべく、育てています。
これで家の温度が数度下がるそうです。
花に心を癒されつつ・・・さらにCO2削減につながるでしょうか?
CO2問題に、とても心を痛めています。


さて話変わって、河合隼雄という心理学者の人となりに、ずっと魅せられてきました。残念ながらお亡くなりになりましたが、最初に読んだユング心理学の本がこの方の本でした。

「ユング心理学入門」培風館

「箱庭療法」もとても興味深いものでした。人の深い心の中に潜む無意識的なものを知るために、とてもすばらしいものです。ご存知ですか?これは絵画療法とも似ています。

この河合隼雄さんのお兄様が、有名な動物学者(猿&類人猿)河合雅雄さんであることを、ご存知ですか?
子供のためにエチオピアのヒヒを主人公にした、すばらしい長編童話も書いていらっしゃいます。もちろん読みました!

http://www.city.sasayama.hyogo.jp/kawai.html

投稿: 夕日 | 2008年6月 7日 (土) 01時16分

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