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2008年12月18日 (木)

父の哀しみ

父が逝ってから、6週間あまりが過ぎた。
私は、突然40年振りに北国の住人となり、窓の外を白い雪がヒラヒラ舞い落ちるのを、そして家々の周りが日々銀世界に変わっていくのを、不思議な感慨の中で眺めている・・・。

実家の父のパソコンとプリンターで、父の永眠を知らせる喪中の葉書を印刷するなんて、まるで思いもしなかった。
その父は、まだ札幌医大の病理学教室の地下の一室で同じ志を持った仲間と一緒に、静かに永遠の眠りに就いている・・・。Pictureblog1y_2

数日前、実家のお部屋の整理をしていて、小さな宝石入れの箱を見つけた。
中を開けてみると、ティッシュにくるまれて何かが入っていた。そっと開いてみると、小さなお骨のかけらみたいなものが目に入った。母に聞いたところ「それは、お父さんのお母さんの遺骨のかけらなの。お父さんから、自分が死んだらこの骨を自分の骨壺に一緒に入れて欲しいと頼まれていたの」とのこと。
それを聞いて、私の目はみるみる涙であふれてしまった。

父が亡くなる前、担当医に見せて頂いた検査データから父の死が近いことを知っていた私は、毎日病院へ通い出来るだけ父といろいろな話をするようにしていた。父の子供の頃からの思い出話を中心に、軍隊へ入って予想外の出世をした話やら、母との結婚前後の話やら・・・。


一番話しておきたかったことは、父の実母のことだった。

父が5歳の時、父の両親が離婚をしている。しかし憎みあっての離婚ではなくて、父の実母が二人目の女の子を産んだ後に体を壊したせいらしい。
本州から北海道へ渡って開拓魂を発揮して大いに成功を収めた私の祖父が、同郷の娘をお嫁さんにすべく写真見合いでの結婚をしたのだった。
しかしお嬢さん暮らしだった祖母にとって、北海道での生活(農業と牧場)は、あまりにも厳しすぎて病気になってしまったのだ。

離婚にまで至るには、さらに祖父を含め周りの家族の労りの気持ちも足りなかったようだ。当時は、離婚の際に長男を連れて出るわけにはいかなかった。

「4歳位の頃だったかな?病弱だった母親が妹を背負って悲しそうな顔で『さようなら』って言ったので『どうして?』って聞いたけど母親は何も答えなかったんだ。その時幼かったお父さんは、祖父さんの背中におぶさっていたのだけれども『何でもないよ!何でもないよ!』と祖父さんが言うばかりだった。でもその時は、何のことかさっぱりわからなかったんだ。母親と妹とはその時以来、会えなくなったんだよ」

父の近所の親戚の話によると、父はその日から毎日、家のそばを走っていた線路の脇に、一人淋しそうに佇んでいたそうだ。
「そこで何をしているの?」と問うと「お母さんと妹が汽車に乗って帰ってくるのを待っているんだ」と答えたらしい。
しかし、父はこの悲しい記憶を、自分の中から消し去っていて全く覚えていない。

その別れから20年あまりが過ぎ、父は若くして結婚をして既に2児の父親になっていた。たぶん、家庭の暖かさに餓えていたのかも知れない。幸い結婚相手の両親(つまり私の母方の祖父母)が心優しくて、父を実の息子同様に思い愛情を注いでくれたので、父も実母のいなかった寂しさを少しは埋めることができたのだろう。


どのようにして捜し出したのかわからないが、父は
25歳の時に実の母親と妹の居場所を突き止め、二人に会いに行ったそうだ。
「母親は、離婚当時まだ若かったし綺麗だったので、3人の子持ちの人と再婚していたんだ。再婚先で3人子供を産んでいたよ。母親に会っても、不思議な気分がしてあまり感動が湧かなかった」

当時は、出戻りは形見が狭く、すぐに再婚することが多かったようだ。けれども自分の子供は再婚先に連れていけなかったらしく、父の妹は実母の妹夫婦の養女になって、そこで育てられたとのこと。父は実母に会った直後に、その妹にも20年ぶりで会ったとのこと。

そして父はその後、実母に会いに行くことはなかった。おそらく、母親の微妙な立場を考慮してのことだったかもしれない。
父が二度目に実母に会ったのは、それから何十年かたった実母の葬儀の場。
まわりの家族が私の父の気持ちを思って、最後に実母の遺骨を抱かせてくれたそうだ。その際、密かに母親の遺骨のかけらをそっとティシューペーパーにくるんで、大事に家に持ち帰ったらしい。

私が目にしたのは、その時の遺骨のかけら。
父は、せめて亡くなってからでいいから、あの世で母親と共に暮らしたいと願ったのだろう。今は、心おきなく母親に精一杯甘えていることだろうか?

口に出してはほとんど実母のことを、語らなかった父。でも亡くなる数日前には、その実母の話を初めてしてくれた父。
さようならって、その時母親が言ったんだ・・・」と。

その実母と私は、姿形がとてもよく似ているらしい。たまたま出逢う機会があった実母の子供達が私を見て「君は、君のお祖母さんの若い頃にそっくりだよ」と驚いていた。そんな意味で、私の存在は少しは父の慰めになっていたのかもしれない。

父が亡くなって初めて知った、実母に対する父の熱い思慕の気持ち!

幼かった日の父の哀しみ・寂しさを思って、今も涙が止まらなくなる・・・。

今、父は5歳の子供の心に戻って、心ゆくまで実母に思い切り甘えているのだろうか?

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