« やっと自分色の家に | トップページ | お花見 »

2009年3月26日 (木)

友の悲しい死

数日前、学生時代のクラスメート女性ばかり5人と久しぶりにおしゃべり。
大阪に住んでいる友人が、久しぶりに帰省したのを機に夕食会を!というわけです。
お互いずいぶん年をとってしまったけれども、心は学生時代と変わらなく気取りのないおしゃべりをできるのは嬉しいこと・・・。
Picturebloga11
そんな楽しいひとときを過ごしたばかりなのに、突然悲しいお電話がかかってきました。
先日の集まりに参加できなかったクラスメイトの1人が、今日癌で亡くなった!という寝耳に水の信じられないお知らせ。
その友人は、約20年前に癌で大切なご主人を亡くされ、さらに続いてお母様を亡くされ、ここ数年はお母様から引き継いだお仕事をしながら末期癌の高齢のお父様の看病をされていたのですが、その彼女自身が進行性子宮体癌だったとのこと。

自らの癌を知りつつ、その事実を一緒に暮らしていた妹さんはおろか周りのすべての人に隠していて、一切の癌治療をしていなかったなんて、いったい彼女の寂しい心は何を思っていたのでしょう?ひどくつらく悲しい気持ちです!
先日急に具合が悪くなって病院へ行ったときには、すっかり手遅れ状態だったそうです。何てことでしょう!体調を崩し苦しそうだった彼女を、妹さんが無理やり病院に連れて行ったとのことですが。その時すでに癌は、肺に転移していてもはや手がつけられない状態だったそうです。そして、なんと入院後10日で天国に召されたのです。周りの人々に「ありがとう」の言葉を残して。

たぶん、彼女は酸素吸入のマスクの下で、あのいつものやさしい笑顔で、その言葉を必死で口にしたのでしょう。Picturebloga8
彼女は、死を覚悟してこの一年を過ごしていたようです。何度か手術をしようと決意して予約をしたようですが、すべてキャンセルしています。あるいは、その度お父様の病態が悪化したのかもしれません。
彼女の日記には、「自分で納得できる死を迎えたい」と言うような内容が書かれていたそうです。葬儀に出席してはじめて知ったのですが、彼女は敬虔なクリスチャンでした。お父様が深い信仰をお持ちの方で、所属の聖書研究会では重鎮で皆に尊敬されていた人格者だったようです。

彼女は「もしも癌の手術をしたら、車椅子の生活になるかもしれないし、お父様の看病ができなくなる」と思っていたようです。ご高齢のお父様の看病のために自分の命を捧げよう!と、彼女は覚悟したらしいのです。そしてそれが、彼女の選んだ「納得できる死」だったのでしょうか?あるいは癌が判った時点で、すでにかなり後期に入っていたのでしょうか?
大切な人のために、たとえ自分の命を縮めても尽くしたい!と言う彼女の心のすばらしさ!
彼女は、神様以外には自分の病気のことを相談せずに、一人きりで死を覚悟していたようです。そしてそのことを、彼女の死後に知ったご弟妹は、あまりのショックに言葉をなくされ呆然とされていました。
慰めの言葉さえ浮かびません。ただ、彼女が深い信仰を持っていたことは、本当に救いでした。

神様は、彼女の苦しみすべてを見ていて下さり、彼女の唯一無二の心の支えだったのでしょうから。

彼女とのお別れ式前夜祭は、賛美歌と祈りの中で、厳かに執り行われました。
たくさんの花々で作られた祭壇は、彼女の心と雰囲気にふさわしい優しさ、清らかさ、美しさに満ちていました。笑顔の彼女がそこにいました。

学生時代の彼女は、いつも真摯な目をしていて控えめであまり目立たず、いつもみんなの一歩後をにこやかに静かに歩いていた人・・・という気がします。
彼女は彼女なりに、自分の人生を生ききったのですね。

彼女は私たちのとても大切なメッセージを残して、旅立っていきました。

人間の一生って?
これからの自分の人生を、どのような色合いで描ききってどのように締めくくっていけばよいのか?
彼女の死は、たくさんの深い想いを私たちに残していってくれました。

|

« やっと自分色の家に | トップページ | お花見 »

コメント

book pencil

はじめまして。
人間にとって友人との死別は悲しいことですね。
私も家内(64)も、若い時にクリスチャンになったのですが、お互いにクリスチャンとして結婚して、数十年になります。今は、家内が難病で私はもう9年も介護を続けて来ました。でも、必ず、天国にいくことができるという確信があり、希望があります。
クリスチャンの死は、悲しみはありますが、慰めもあるのですね・・・・・・。


私たちの人生は多くの苦しみ、悲しみや試練に満ちていますね。
私たちは、「人生にどうして、こんなに辛いことが多くあるのだろか」との疑問を持ち、また嘆くことがあります。
しかし、
「寒さに震えた者ほど、太陽の暖かさを知る。人生の悩みをくぐった者ほど、生命の尊さを知る。」とは、詩人のホイットマンが言っています。
病床に伏している時は、人生のすべてが暗く思われ、悲観的になりやすいものですね。しかし、朝の来ない夜はなく、春の来ない冬もありません。
また、止まない雨もありませんし、出口のないトンネルもないのです。
神が与える試練には、必ず意味があるのですね。

私が3年間ほど書き綴ったブログがあります(↓)。
http://blog.goo.ne.jp/goo1639/

私のブログから:カテゴリー「人生の試練と逆境」
http://blog.goo.ne.jp/goo1639/c/a907d36d90351cd1de2bc73773a93709

投稿: 春目漱石 | 2009年3月26日 (木) 16時54分

春目漱石さん

はじめまして!
コメントをありがとうございます。

クリスチャンにとっての死は、天国へ行くという希望の実現でもあるのですね。 

奥様の介護、大変でしょうが、どうぞ頑張ってください。
ブログは覗かせていただきました。
 

投稿: 夕日 | 2009年3月27日 (金) 14時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« やっと自分色の家に | トップページ | お花見 »